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2006.12.09

『酒豪地黄坊樽次』

慶安の頃、江戸大塚に地黄坊樽次という大酒飲みが

いた。本名は伊丹城春朔という儒医であった。

この人の生涯で最も花々しい一幕は、大師川原の大蛇丸底深

邸宅であまたの酒豪と会して酒合戦を試みたことである。

この酒合戦の有様は『水鳥記』三巻として今日まで伝えられている。

『水鳥』とは『三水』に『酉』、即ち『酒』の字を洒落たのであります。

(青木正児の『酒豪地黄坊樽次考』から引用している。

また、この酒合戦については小泉武夫が詳しく書いている。)

この酒戦は慶安元年八月のことであるが、現代の暦では仲秋の頃

ひやひやとして酒の最も旨い時期であった。

樽次に対した一方の大将は大蛇丸底深という男で、本名を池上

太郎左衛門という豪農であった。

この両軍の戦に使われた大盃は『蜂龍盃』と銘打って、蜂と龍と蟹の

蒔絵があった。『させ』『のもう』『肴をはさむ』という洒落であった。

(いやはや、、、、困ったものです。)

この樽次の墓というのがあって、『酒徳院酔翁樽枕居士』という戒名

があり、辞世の句が二首刻まれている。

『みな人の道こそかはれ死出の山打越し見れば同じ麓路』

『南無三寶あまたの樽を呑みほして身はあき樽にかへる古里』

実際は別人のものであるらしいが、世の中にはあきれた大酒飲みが

沢山いたようである。

さた、仔細にこの酒戦の有様をみてみるに、、、、、、、、、

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