『にごれる酒に妙理あり』、3
武田泰淳もまた、青木正児が非難したように
宴席で詠んだ詩については「らしくない」と云う。
『見方によっては孤高をほこる詩人らしくない、つきあいの
酒を平気で飲み、つきあいの詩が堂々と残されてある。』
しかし武田泰淳は杜甫を擁護する。宴会で付き合い酒を飲み
その場で座の盛り上がる詩を作っても、独りわびしく独酌して
いても、彼の酒には数十年にわたって蓄積してきた体験の感慨
が反映されている。宴席で山海の珍味に盃をかたむける間にも
殺戮は行われ、血は音もなく街を流れる。安禄山の戦乱はおさまって
も、農村は暴動と反逆にみちみちていた。彼はこの不安定な世界を
自覚していた。
『時間と空間を引き裂くような強い詩形と、「国破れて山河あり、城
春にして草木深し」と詠みすてられる気迫を保持しつづけた詩人
は、歴史を記録するような正確沈着なその掌に、日常の酒杯を
載せていたのである。』
うむむ、難しいものだ。
青木正児が杜甫の酒は貧乏くさいと言うと、そうかなとも思う。
高島俊男が「ネクラ杜甫」と言えば、そうかなとも思う。
吉川幸次郎が「私は杜甫を読むためにこの世に生まれて来た
のであることをねがう」と書いているのを読むとスゴイナァと思う。
そんなこと考えながら、濁酒にカイを入れチビリチビリと味見を
して呟くのです。
『にごれる酒に妙理あり、もつて浮沈をなぐさめるにちかし』と、、、、
そして妻と子供達と弟の家族達と下男を加えた大所帯で
家財道具をつんだ車を引きずりながら、くやしい情けないと
詩を作りつづけた杜甫の生涯を想うのです。
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Comments
こんにちは。
大道芸観覧レポートという写真ブログをつくっています。
終戦直後の吉川幸次郎(文藝春秋)もとりあげています。
よかったら、寄ってみてください。
http://blogs.yahoo.co.jp/kemukemu23611
Posted by: kemukemu | 2007.02.07 at 07:44 PM