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2006.12.08

『にごれる酒に妙理あり』、3

武田泰淳もまた、青木正児が非難したように

宴席で詠んだ詩については「らしくない」と云う。

『見方によっては孤高をほこる詩人らしくない、つきあいの
酒を平気で飲み、つきあいの詩が堂々と残されてある。』

しかし武田泰淳は杜甫を擁護する。宴会で付き合い酒を飲み

その場で座の盛り上がる詩を作っても、独りわびしく独酌して

いても、彼の酒には数十年にわたって蓄積してきた体験の感慨

が反映されている。宴席で山海の珍味に盃をかたむける間にも

殺戮は行われ、血は音もなく街を流れる。安禄山の戦乱はおさまって

も、農村は暴動と反逆にみちみちていた。彼はこの不安定な世界を

自覚していた。

『時間と空間を引き裂くような強い詩形と、「国破れて山河あり、城
春にして草木深し」と詠みすてられる気迫を保持しつづけた詩人
は、歴史を記録するような正確沈着なその掌に、日常の酒杯を
載せていたのである。』

うむむ、難しいものだ。

青木正児が杜甫の酒は貧乏くさいと言うと、そうかなとも思う。

高島俊男が「ネクラ杜甫」と言えば、そうかなとも思う。

吉川幸次郎が「私は杜甫を読むためにこの世に生まれて来た

のであることをねがう」と書いているのを読むとスゴイナァと思う。

そんなこと考えながら、濁酒にカイを入れチビリチビリと味見を

して呟くのです。

『にごれる酒に妙理あり、もつて浮沈をなぐさめるにちかし』と、、、、

そして妻と子供達と弟の家族達と下男を加えた大所帯で

家財道具をつんだ車を引きずりながら、くやしい情けないと

詩を作りつづけた杜甫の生涯を想うのです。

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Comments

こんにちは。
大道芸観覧レポートという写真ブログをつくっています。
終戦直後の吉川幸次郎(文藝春秋)もとりあげています。
よかったら、寄ってみてください。

http://blogs.yahoo.co.jp/kemukemu23611

Posted by: kemukemu | 2007.02.07 at 07:44 PM

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