酒合戦、2
わが国の大酒の会で古くて有名なのは平安朝の頃、
宇多天皇の亭子院賜宴であるという。
時は延喜十一年夏、上皇の御意により宮中の名だたる酒飲み
が集まった。盃に印をつけ厳密に酒を盛り二十盃を限度として
盃を廻し始めたが、六七杯で満座は酩酊し、門外に倒れる者、
殿上に吐く者もいて、極めてみっともない有様とあいなってしまった。
最高十杯で乱れなかったは藤原伊衛ただ一人で、褒美として駿馬1匹
を賜ったという。最高十杯で優勝とは相当大杯であったのであろうと
推察されるが、平安朝の朝臣たちのことであるから酒飲みとは云え
お上品であったのであろう、と青木正児は馬鹿にしている。
しかし、大酒飲んでご褒美に馬1匹とは、、、、、
大酒飲むことも男の芸の一つではある。
さて時代は下がって江戸の酒戦は、先に述べた樽次と底深の戦いが
ある。文化年間になると太田南畝の『続水鳥記』により有名な
「千住の酒合戦」が行われた。
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