酒合戦
史上有名な酒合戦は「川崎大師河原の酒合戦」である。
以下は、小泉武夫の『奇食珍食』(中公文庫)などから引用
する。
そもそも合戦の発端は底深一門の一人が江戸赤坂で樽次と
会い、血を吐くまで飲んで倒れ、戸板にのせられて帰ったこと
から始まる。これに怒った西軍は第二の刺客を送ったが、
またしても吐血して敗れ去ってしまった。このままでは面子が
立たぬと、勇将池上四郎兵衛常広を送ることとなる。これに対し
樽次一門は先鋒の三浦新之丞樽明を立て向え撃つ。この一騎打ち
にも東軍は勝利したのである。この勢いに乗じて樽次一門は
底深邸へと討ち入ったのであります。かくして両軍入り混じって
酒で酒を洗う壮絶な戦いがはじまった、、、、。
勝負は大接戦となり、ついに底深が大盃を持って樽次にいどみかかる。
それを見た樽次の従者醒安は、大将の一大事とみて進み出る。
底深としばらくは戦ったが、ついに生死不明の泥酔におちいり、
「我死なば酒屋の庭の桶の下われてしずくのもりやせんもし」と辞世の
歌を詠み失神した。
あなおそろしや、凄まじい争いである。結局、樽次が勝った。
なにぶん樽次は一斗五升を飲むという酒豪であったのである。
この地黄坊樽次の子孫は現存していて、当時の大盃を保存して
いるという。大蛇丸(おろちまる)底深という人も豪族で青木昆陽を援助
していたという名家であった。
外にすることが無かったのだろうか?
まあ、アホらしいといえば、それまでであるが
こうした戦いは繰り返されたのであります。
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