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2006.11.30

朝酒、5

白楽天は自らを酔吟先生と称したほどの

酒好きだったが、酒量は多くなかった。少量ずつ

一日に何回も飲み、あくまでもほろ酔い気分を楽しんだ。

  朝も独りで酔うて歌ひ
  暮れも独りで酔うて睡る、
  まだ一銚子の酒のつきぬうちに
  もはや三度も独りで酔うた。
  酒量が少ないと言ひたまふな
  手軽に楽しめるのが何よりだ。

  一杯また二杯
  多くて三四杯とは過ごさぬ、
  それでもう好い気持になり
  身外の事は皆忘れる、
  更に復た強ひて一杯やらうものなら
  陶然として何も彼も忘れてしまふ。

  一度に一石も飲む人は
  ただ多いのをよいこととしてゐるが、
  其の酩酊する段になると
  私とちつとも違はない。
  御免蒙る、大酒飲みは
  ただ酒代を使ふばかりだ。

こういう酒の楽しみ方をする人であったが故に

朝酒を好み、またその楽しみを語って、人の心を緩やかに

した。

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2006.11.29

朝酒、4

白楽天の朝酒を詠んだ詩(うた)をいくつか

青木正児が紹介している。青木先生の訳詩でそれらを

読んでみましょう。

     『卯時酒』

 仏法では醍醐(乳製の飲料)を讃へ
 仙方ではカウカイ(空想の甘露)を誇るが、
 まだまだ卯の酒の
 不思議に廻りが速く効きめのよいのに及ぶまい。

 一杯手のひらにのせて
 三口呑んで腹に這入るや、
 ぬくぬくと春は腸を貫く如く
 ぽかぽかと日に背を炙るやうだ。

 五体がのびのびするばかりか
 志気はますます大きくなり、
 即座に生身を忘れ
 終日官職も忘れる。

おいおい、仕事を忘れるなよ!と言いたいんですが、、

別の詩では、一杯呑んで朝飯まで一寝入り、とある。

    『和嘗新酒』

 空き腹に新酒を飲んでみた
 偶ま卯時だったのですぐに酔が廻つて
 酔つて皮ごろもを引きかぶり
 朝飯までぐつすり寝込んだ。
    、、、、、、、
 醒めて後なごみは残る
 起上つて為すこともなく座りながら、
 腕を挙げて背伸び一つ
 琴引寄せて弾く秋思の曲。

目が醒めて仕事に行くかと思いきや、琴を弾くのであります。

琴を弾いて、また酒を呑むのです。

 蓮の葉に魚酢を包み
 堀の水に酒瓶冷やし、
 暮しは平気でほろ酔ひ機嫌
 細君が呑助殿と呼ぶにまかせて

さて、こう引用してくると白楽天は大酒飲みのアル中かと思えるが

そうではない。

『卯酒の佳境は浅酌に在る。』と青木先生は言うのです、、、、、
 

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2006.11.27

朝酒、3

中国では、朝酒のことを『卯酒』という、と青木先生は

書いている。

『「卯酒」とは卯時即ち午前6時頃に飲む酒と云ふ意味である。

午前6時はちと早すぎるやうに思はれるが、必ずしも卯時に

飲むわけでもないらしく、つまり朝飯前の酒なのである。』

白楽天先生は、出勤前に一杯引っかけて公務についたのです。

この、朝飯前の一杯は空腹時に飲むだけあってはらわたに沁み

わたり、実に旨かったそうなのである。日本の王朝時代、白楽天

は最も愛された。そのせいかどうか、卯酒を『ばうす』と呼び

「大鏡」にもその記述があるらしい。

中国の飲酒詩、酒にまつわる故事は、青木正児の『酒顛』、

『中華飲酒詩選』に網羅されているが、朝酒を詠じたのは白楽天

のみであるらしい。

さて、その詩というのは、、、、、

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2006.11.25

朝酒、2

『朝もよし、昼もなおよし晩もよし、その合々に、
                     チョイチョイとよし』と

詠んだのは、太田南畝である。この狂歌は奥州白河の

呑兵衛の墓に、

『朝もよし、昼もなおよし晩もよし、
                 飯前飯後その間もよし』と

若干改作されて刻まれているらしい。その墓は、徳利に盃を

かぶせた形で、戒名は『米汁呑了居士』。地元ではこの墓を、

小原庄助さん(朝寝朝酒朝湯が大好きで、それで身上つぶした)

のものと伝えている。(杉浦日向子)

青木正児が朝酒というものを教えられたのは大学を卒業して兄の

結婚で帰省していた時であった。(青木正児全集・第七巻)

兄嫁の父なる人が正児に話しかけた。

「あんたは酒がお好きなようじゃが、朝酒を飲んで御覧じい、旨い
ものじゃから。」

それから二十年後、仙台に居るとき、冬になると寒さしのぎに朝酒

を飲むようになった。これが旨かった。

『コップ酒をぐつと一杯やつておいて、熱い味噌汁を吸ふと、腹が
温かになつて来て、なんとも言へぬ好い気持ちになる。其の快味
は晩酌では味はえない、別に一種の快感である。』

困ったもんですね。まだ私は、朝から酒は飲んだことは無いし、

これから飲もうとも思わない。

さて、青木正児は白楽天の朝酒の詩について書いている、、

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2006.11.22

朝酒、1

どぶろくは段仕込みで、麹と蒸し米、水を

加えた。後は二十日程じっくり待ちましょう。醸造すると

いうことは、日にちをかけてあせらずじっくり待つことです。

所で、酒というのは昔々はみな自家醸造していた。前に書いた

鎌倉時代の禁酒令というのも、一家に一壺は許すが、それ以上

は禁止するといったものだった。味噌も醤油も酒も商品経済の発達

以前は、みな自分の家で造っていたのです。

中国でも、酔吟先生こと白楽天は、『酔吟先生伝』でこう言っている。

『、、かくのごときこと凡そ十年、其の間に日々作った詩が約千余首、
年々醸(かも)した酒が約数百石、、、妻子や弟たちは多すぎるとして
抗議するものもあったが取り合わない。、、、、』

この白楽天先生は、朝酒が好きだった。

私は、小人物であるから、朝から酒は飲んだことは無い。

ただし、気のおけない友人たちとの会があり、そこでは昼から酒を飲む。

その会の首謀者の75歳のおっさん(私などよりよっぽど元気)は、

「こうして昼間から飲む酒が一番旨い、、、」というのである。

勿論、日曜日だけれど、、、、

まだまだ修行不足というか、青木正児先生は

朝酒が一番と書いている、、、、、、


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2006.11.19

どぶろく、10


さて、「もと(酒母)}は、速醸もとの場合は、

2週間ていどで完成する、と言う。

なんだか忙しくて20日間経過してしまった。

ビンを見ると、いささか静かな様子である。

これから、三段仕込みに取り掛からねばならない。

日本酒の場合、麹や蒸し米を一度に入れずに

段階的に仕込み量を増やしていく。

『併行複発酵』は糖化と発酵を同時に行うのである。

この間の経緯の説明は面倒くさいからはぶく。

第一回は、酒母の二倍の量の麹と蒸米、水を加える(初添)。

翌日は休む(踊り)。

第二回は、酒母の四倍(仲添)、第三回は七倍(留添)を

加える。と参考書に書いてある。

こんなこと出来るかしら?どうしましょう、、、、

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2006.11.15

どぶろく、9

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どぶろく君はきょうも元気に

頑張っています。

さて、「さけ」の語源は「栄える」から来たという説が

あるらしい。以下は、樋口清之著『食物と日本人』(講談社文庫)

、その他からの受け売りであります。

酒を飲むと、一種の興奮状態になる。精神状態がさかんになる

から「さけ」というようになったというのである。

古代の人達は、この不思議な興奮状態は神のなせる業に違い

ないと考えた。このようにして酒は神と結合して、神祭りに酒は

欠かせないものとなる。北方系シャーマニズムでは酒を媒体と

して神を招くという形態がよく見られる。同時に酒は苦痛をやわらげ

血行を良くする薬としても意識された。

古代の酒は濁酒(どぶろく)である。白色で、酸味と甘味を持って

いる。日本人はこの味を変える工夫もした。

サクラ科の潅木の波々迦(ははか)という木の葉と花を焼き、炭に

したものを、濁酒に加えると灰色となる。これを『黒酒(くろき)』と

呼び、もとの白いほうを『白酒(しろき)』と呼んだ。

この木の炭は、ビールのホップのような働きをし、酒に苦味がつく。

苦い酒!

一度飲んでみたい。

今でも古い神社には、白酒とともに黒酒が伝わっているという、、、、

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2006.11.14

どぶろく、8

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仕込み、8日目

味をみると、酸っぱい。

セメダイン様の香りは薄らいでいる。

なんだか知らないけど、小蝿が集まってくる。

今行っているのは、酒母作りのまねごとであります。

以下は『日本酒』(岩波新書・秋山裕一著)からの受け売りです。

日本酒を造るためによい酵母をたくさん培養したものを、『酒母』、

また『もと』という。『もと』を作るには二つの方法がある。

古来の「生もと」と、明治になり合理化された「速醸もと」である。

「生もと」は、江戸時代後半、灘の寒造りを支えた酒母づくりで、

身を切るような冬の早朝、麹と蒸し米と水をまぜて、カイで原料を

6、7度の低温ですりつぶす。3、4時間おきにこの作業を繰り返す。

この作業を「山卸」と呼ぶ。この後の手順ははぶくが、酒母を作る

のに一ヶ月はかかったらしい。

この「もとすり(山卸)」の作業は蔵人には過酷なものであった。

明治42年嘉儀金一郎氏が、麹を水に浸しておけば酵素が浸出し

、そこに蒸し米を仕込めば、山卸と同様の効果があることを

発見した。これを水麹と呼ぶ。さらに、江田氏は、生もとづくりの

要諦は酸っぱくなることであることを見出し、仕込み時に乳酸と

酵母を加え、酒母の速醸を考案した。これを『速醸もと』という。

今日、『山廃仕込み』と呼ばれるのは、即ち、『山卸』を廃止して

酒母を作ったということであるらしい。

なるほど、、、、、、。よく分からんけど、、、、

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2006.11.13

どぶろく、7

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仕込み 7日目

 電気毛布で温めたせいか、ついに来た~。

ふつふつと発酵開始。

カイ棒で攪拌する。耳をすませば、微妙な音がする。

酵母たちが活動を始めた、、、、(涙、、、、)。

しかし、なんだかセメダイン状の香り。

これでいいのだろうか?。

あせって、温度を上げすぎたのかもしれない。

なにもせずに、発酵を待てば良かったのだろうか。

人生とはこんなものなんだ。時が来ればなんとかなるもんだ。

けれど待てなかった。しかし、温度を上げたから発酵が

始まったのかもしれない。

よく分からない、、、しばらく様子を見ようっと、、。


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2006.11.12

どぶろく、6

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どぶろく仕込み 

2日目   変化無し

3日目   変化無し

4日目   変化無し  さて少々あせってきた。
              参考書によると失敗したと思ったら
              ただちにイースト菌を入れろ、とある。
              暖気樽を入れて品温を上げることに
              する。アルミの容器に熱湯を入れ、
              かきまぜた。16度だったものが20度
              に上がった。別の参考書では25度に
              しなさいとある。電気毛布で温めよう。
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2006.11.10

どぶろく、5

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乳酸を仕込み水に対して0、5%に

なるように計算して加える。

この中に米こうじを投入して2,3時間放置する。

水麹のやり方で、麹の酵素の浸出をはかるのである。

なんてもっともらしい事を書いているが、『日本酒』(岩波新書)

「第2章 酒造りの原理」からの受け売りである。よく分からぬ。

そうして、蒸し米を加え、活性酒を放りこんだ。

スーパーで安売りしていた天然水の成分は、

ナトリウム・6,0mg カルシウム・22、5mg 
マグネシウム・5,3mg カリウム・4,7mgであった。

前述の本による、「宮水」の成分は、

カリウム・20mg ナトリウム・32mg マグネシウム5mg
カルシウム・37mg リン酸・5,2mg

リン酸とカリウム分とは、酵母やカビの生育に重要であるらしい。

鉄分が少ないことは重要らしい。なんて、もっともらしく、おごそか

に屁理屈こねながら行うのです、、、、、、、

仕込み温度は25度位がいいらしいが、21度だった。

あれれっ、なんだか堅く締まって、カイ棒で混ぜようとするのだが

混ざらないけど?、、、、これでいいんだろうか?

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2006.11.09

どぶろく、4

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「もと」を作るのに必要なもの。

1、『こうじ』・味噌用ではなく、酒用のものを用意した。

2、『乳酸』・薬屋に注文した90%のもの。

3、『活性酒』・酒かすでもいいらしいが、伏見の有名な
       活性酒を調達した。

4、『水』・2Lの天然地下水なるもの。

5、『蒸し米』

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2006.11.08

どぶろく、3

イースト菌を使った「どぶろく」は、それなりに

美味しい。清酒には無い、手作りの荒々しい雑味に満ちた

野趣がある。それでも、いつか本格的な日本酒らしいものを

造りたいと思うようになってくる。

 瀬戸内寂聴の父親は、酒好きで、『好き』を通りこして『業』に

近づいていたような人だった。朝からコップ酒をあおるような生活

を続けていた。ある時、桶の内側に塗る塗料を発明し全国の酒屋

を巡り歩き、酒樽にその塗料を塗りながら各地の銘酒を飲みつくした。

終戦後の混乱期、酒の入手が困難になると、瀬戸内の父親は床下

にどぶろくを密かに仕込んだ。それが、とびきり旨かった。

ある朝、いつものように床下のかめの酒を口に入れたとたん、ひしゃく

を握り締めたまま倒れた。意識が戻った時、父親が第一に口にした

言葉は、『酒で死ぬなら本望だ、もう一杯末期に飲ませてくれ」。

いやはや、困ったものですね。

ワイン酵母も、ビール酵母も東急ハンズで不思議なことに入手出来る。

清酒酵母のみは入手不可能なのです。

さて、前述の本を参考にイースト菌を使わず、どぶろくを造ろうと

数年前思ったのです、、、、、、、、

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2006.11.07

どぶろく、2

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お酒の話になると、思い出すのがO・ヘンリーの

短編『失われた混合酒』だろう。この短編は山口瞳が

酒そのものを描いた小説では最高と評したものである。

O・ヘンリーは、テキサスの銀行に勤めていた時公金横領で

逮捕され、服役中に小説を書き始めたという。

どんな話か?興味のある人は読んでください。

さて、昔どぶろくを造ろうと思って読んだ本が数冊あった。

『趣味の酒つくり』(笹野好太郎著、農文協)
『諸国ドブロク宝典』(貝原浩・新家楽山・笹野好太郎著、農文協)
『シャンパン風ドブロク』(山田陽一著、農文協)
『日本酒』(秋山裕一著、岩波新書)
その他、

比較的簡単そうに出来る方法は「高温糖化もと」を作るやり方で、

甘酒を造って、それにヨーグルトとイースト菌を加えれば出来る。

簡単とはいっても結構手間と時間がかかるのであります。

ようするに、米麹とご飯を混ぜて、8時間ほど50度から60度の温度

に維持すれば、甘~い甘酒が出来る。それにブルガリアヨーグルトを

入れ、40度の温度で24時間ほどおくと、甘酸っぱくなる。

それにイースト菌を加えれば、盛んに発酵しだす。この状態で10日ほど

経過したものに、三度に分けて、米麹、蒸し米を加えていくと、

多少酸っぱい、「どぶろく」が出来上がる。

多少とも酒の事を知っている人は多くは飲まないのだけれど、

ある飲み会に持参したところ、知ったかぶりの女子供達は制止も聞かず

飲みやすいと多飲する。その結果意識不明となるのであります。

どぶろくは腹の中で再発酵して、悪酔いいたします。

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2006.11.06

どぶろく、1

そういえば、昔、『どぶろく』なんてもの造った。

アルコール分1%以上のものを作れば、犯罪になる。

当然、時効というものがあるわけで、昔々の話ならいいだろう。
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どぶろく即ち、密造酒は自家用として造るだけでも

罪になる。また、密造酒を造る道具を持っているだけで

日本では罪となる。

昔中国でも禁酒令がたびたび出された。

蜀の劉備も、旱魃の為に穀物が実らず禁酒令を出した。

官吏が人家を捜索し、醸造用具を見つけただけでこれを処罰

した。ある豪放な若者が劉備と一日遊んだ。この若者は道を歩く

男女を指差し劉備にこう言った。

「あの二人は姦通しようとしているのに何ゆえ捕縛しないのですか」

「なにをもって姦通しようとしているというのか?」と劉備は問うた。

「彼らがその道具を持っているのは酒の密造者と同じであります」

その答えに劉備は大いに笑い、禁酒の令を軽くしたという。

日本でも鎌倉時代に、禁酒令が出されている。武士の気風に弊害が

あるとして、鎌倉で三万余の酒壺が破却された。ただし一家に一壺は

許されたという。

有名なアメリカの禁酒法は十三年も続いた。

ルーズベルト大統領が禁酒法の廃止法案に署名した時、メルケンという

思想家は言った。「アメリカの政治家が民衆によいことをする事は希だが

今度だけは、民衆に同意させられたのだ」そして、水をグラスに一杯だけ

飲んで、こう言ったという。

「この十三年間で、はじめて水を飲んだよ」、、、

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