奈良茶飯と芭蕉、1
村井康彦著『茶の湯紀行』(河出文庫)に
芭蕉と茶について書かれてある。
『秋ちかき心の寄や四畳半』という芭蕉最晩年の句は、
四畳半という小間に心を同じうする師弟同輩が集う、なごやかな
情景が思い浮かぶ。この「四畳半」というのは、意味のある空間の
表現で、茶の湯が芭蕉の意識にあったことは間違いないという。
芭蕉に茶をよみこんだ句は八句あるらしい。
『朝茶のむ僧静也菊の花』
『するが路や花橘も茶の匂ひ』
等である。しかしいづれも茶摘や、茶の匂いであったりで、茶の湯を
よんだ句は無いという。
ただそのなかに『侘てすめ月侘斎がなら茶歌』(「歌」は欠を除いた字)
という句がある。この句には次のような詞書がある。
『 月をわび、身をわび、拙きをわびて、わぶとこたへむとすれど、
問(とふ)人もなし。なをわびわびて、』
その訳は次のよう、
『-月を眺めては侘しさを噛みしめ、無能な己を思って侘しさを噛みしめ、
身の不遇をかえりみては侘しさを噛みしめて、昔在原行平が、
「もしほたれつつわぶとこたへよ」と歌ったように、わたしもだれか安否
を問うてくれる人があったら、「侘しをかみしめている」と答えようと思っ
ているのだが、わたしにはだれひとり問いかけてくれる人もいない。
それで、いっそう侘しさを噛みしめ、噛みしめ、
侘びて澄め月よ、そして侘びて住め、月を見ては侘びしかるこの
月侘斎(芭蕉)よ。奈良茶飯に満足して、へたな俳諧を己れの歌として
歌い続けながら。』
ここで、『奈良茶』というのは奈良茶飯のことで、江戸のファーストフードと
して大いに流行したということは前に書いた。
この奈良茶飯がどうして「侘び」なのだろうか、、



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