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2005.11.17

作家の死に方、樋口一葉、3

樋口一葉は半井桃水に弟子入りして文学修行に

励む。一葉は小説を書いてその原稿料を生活の足しに

しようとしていた。半井桃水は、売れる小説の書き方を指導

した。この半井桃水は長身の美男子であったらしい。どうも一葉

は一目惚れしたらしい。足しげく桃水のもとに通うなか、世間では

二人が恋愛関係にあるのだとの噂が立つ。やがて一葉は半井の

もとを去るのだけれど、作品を書いてもなかなかお金にはならず、

あらぬ噂話に嫌気がさしたからだろう。

樋口一葉という人は、生活の為に小さな荒物屋を始めるのだが

この店も失敗すると、高利貸しのもとを訪れ自分の体を担保に

金を借りようとまでしている。食べる為に必死になって小説を書き、

やがて、その評価が高まってくる。斎藤緑雨、幸田露伴、森鴎外ら

は樋口一葉の「たけくらべ」を誉める。ことに斎藤緑雨は、一葉宅を

訪れ、しばしば話し込んでいるらしい。川上眉山という人も一葉に

恋して、家におしかけ「写真をくれ」と一葉を困らせているらしい。

写真を見ると凛とした美人に見えるが、ひどい近眼で年中肩こりに

なやんでいたらしい。この時代の男の作家には、女の小説家の

デビューということで興味津々であったのだろう。北村透谷も一葉

を訪問しようとして、何故か途中で引き返している。

ちなみに、この川上眉山という人、生活苦から明治41年に自殺し

ている。

一葉は一年余りの短い時間に代表作を次々書き、有名になって、

そして死んでしまった。死ぬまで金の工面に苦労した樋口一葉が、

現在、皮肉なことに五千円札になっている。

『文芸倶楽部』の追悼記事には、その葬儀には、文壇知名の文士

多く会葬したとある。けれど別の本には、妹の意向でごくごく内輪の

人だけが参列する寂しい葬儀であったと書かれている。森鴎外は

軍医の礼装で参列すると伝えたが、妹はそれを断ったらしい。

一葉の妹は、全て処分してくれという姉の遺言に反して、日記、原稿

その他の資料を大切に保管した、、、、

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» 『にごりえ・たけくらべ』 一葉忌に寄せて [雪月花 季節を感じて]
 十一月二十三日は樋口一葉(1872〜1896)の命日でした。東京の「一葉記念館」(台東区)と法真寺(文京区)では、毎年この日に一葉忌が営まれます。(今年「一葉記念館」は改築のため行事を休止しました) 明治女流文学の第一人者であり天才とまでいわれた作家・一葉の、哀しみに彩られた美しい日本語に触れる作品です。(岩波文庫、新潮文庫)  新潮文庫版は全8編からなる短編集。どの作品も「自由のない女の哀しみ、救いようのない貧困」と�... [Read More]

Tracked on 2005.11.26 at 09:03 AM

Comments

hyakumiさま、はじめまして。「雪月花 季節を感じて」の雪月花でございます。ご挨拶が遅れ、失礼いたしました。このたびは丁重なコメントをいただき有難うございました。

一葉の作品がうろ覚えだったため、このたび再読したのですが、作品から一葉の人となりがそのままくみとれるような文章に深く感銘いたしました。また、こちらのサイトで別の角度から一葉の生きざまを垣間見ることができ、たいへん勉強になりました。妹・邦子と露伴の話も実に興味深いですね。一葉は露伴を敬愛していたようですから、邦子の幸田家訪問時には妹にのりうつっていたのではないでしょうか。

三島由紀夫が「霊格」ということを言っていたそうですが、一葉の文章こそ霊格が高いと言えるでしょう。山本健吉氏も同じことを言っておりますが、日本の文学も芸術も、たましひの格が高くなければ評価されてこなかったのでしょうね。

また伺います。これからもよろしくお願いいたします。

Posted by: 雪月花 | 2005.11.27 at 03:58 PM

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